※『Storytelling with Data』は、Cole Nussbaumer Knaflic が2015年に著したデータ可視化の実務書です。邦訳は『Google流 資料作成術』(日本実業出版社・村井 瑞枝 (訳) )。グラフを飾るのではなく伝える道具として扱い、1) 文脈と聞き手を定める 2) 適切なグラフ型を選ぶ 3) 不要な要素を削る(declutter)4)色で視線を導く 5)設計者として考える 6) 物語の順に並べる、の6章で構成されます。統計手法ではなく、意思決定を動かす設計を扱う点が特徴です。

物語が優れたものであれば、書き手の意図は自然と伝わります。読み手を最初から最後まで引きつけたまま、ひとつの結論へと導いていくからです。しかし、一度にあれもこれも詰め込もうとすると、物語の意図が読み手に届きにくくなります。データの可視化もこれと同じです。データの件数が多すぎたり、ラベルが重なり合っていたり、余分な要素が含まれていたりすると、関係者の意識は不要に乱れ、せっかく伝えたかった内容もぼやけてしまいます。
考えてみてください。まとまりのないグラフやチャートは、寄り道が多すぎる小説のようなものです。情報過多で、気が散り、結局は理解を下げてしまいます。重要な知見を共有しようとしても、相手が混沌とした図を細目で眺め、絡まったデータを解きほぐす羽目になるとすれば、意図したとおりにメッセージが届くのを素直に期待するわけにはいきません。
では、どうすればデータの可視化を明快で、引き込まれる、余計なものに気を取られない図にできるのでしょうか。シリーズ『Key Takeaways from Storytelling with Data』の本編では、グラフやチャートから「ごちゃつき」を取り除き、ストーリーを際立たせる方法をご紹介します。
明快で引き込まれる図をつくるのに大事なことは、心理学の基礎概念である認知負荷 (cognitive load) を足場にすることです。関係者を圧倒せずにストーリーを伝えるために『Storytelling with Data』が繰り返し説くのも、この概念です。
認知負荷とは何でしょうか。端的に言えば、情報の処理に脳が支払う精神的努力の量です。一度にあまりにも多くの情報が入ってくると、脳の容量があふれてしまい、情報を適切に処理できなくなります。重要な細部は見落とされ、理解に手間がかかり、読み手にとっては余計な負担ばかりが増える結果になります。データの可視化の文脈では、ごちゃついたグラフやチャートは認知負荷を跳ね上げ、関係者が知見の理解にかけたい時間を、レイアウトの解読にそれだけ費やすことになります。
地球科学の専門家としてグラフやチャートでデータを共有したいと思うなら、認知負荷を最小限に抑えることが決定的に重要になります。読み手の処理能力には限りがあります。混み合ったラベル、過剰なデータ点、分かりにくいレイアウトを読み解くのに費やされる一秒一秒こそ、苦労して掘り起こしたデータ由来のストーリーの伝達に本来使われるべきだった時間とエネルギーなのです。
では次に、グラフやチャートの複雑さをどう最小化すればよいのでしょうか。すっきりした可視化情報を設計するには、人間が世界をどう知覚するかに自然と沿う形で視覚要素を整理し、認知負荷を下げる必要があります。ここで登場するのがゲシュタルトの視覚デザイン原則 (Gestalt Principles of Visual Design) です。
1920年代にドイツの心理学者マックス・ヴェルトハイマー、クルト・コフカ、ヴォルフガング・ケーラーによって確立されたこれらの原則は、人間が見聞きしたものの意味づけのメカニズムを扱うものです。その核心は、人が似た要素を本能的にまとめ、パターンを見出し、複雑な視覚情報を単純化する働きを明らかにした点にあります。「ゲシュタルト(Gestalt)」という語自体が「統一された全体」を意味し、人の心が個々の要素をひとまとまりの絵の一部として捉える傾向があることを表しています。
当初は人間の知覚を理解するために作られたものですが、ゲシュタルト原則はグラフィックデザイナーたちに、目を引きかつ理解しやすいビジュアルを作る指針として取り入れられてきました。そして今日では、データの可視化においても強力な武器となっています。グラフやチャートに適用すれば、視覚表現から無駄を削ぎ落として認知負荷を減らし、データのもつストーリーを関係者がはるかにつかみやすくできます。以下、『Storytelling with Data』で挙げられている、グラフとチャートをより明快かつ効果的にする6つの主要なゲシュタルト原則をご紹介します。
人は互いに近い要素を自然とひとまとまりと捉え、離れた要素と区別します。データの可視化では、近接を使って情報を意味のあるグループに整理できます。たとえば関連するデータ点やラベルを近くに配置すれば、それだけで互いに結びついていることが相手に伝わり、データの背景にあるストーリーを解釈しやすくなります。
人の脳は、色・サイズ・形といった視覚的特徴を共有する複数の要素をひとまとめに捉えるようにできています。データの可視化では、この原則を使って要素間の関連性の有り無しを示せます。たとえば特定のカテゴリーに属するデータ点に同じ色を使えば、追加の説明なしに、どの点が関連しているかがおのずと伝わります。
連続性の原則は、人が明確で途切れのない流れを持つ視覚表現を好むことを示しています。人の目は経路・線・曲線を自然に追うため、相手の視線を導くように要素を揃えれば、データのもつストーリーを追いやすくなります。たとえば散布図に適切に引かれた傾向線は、バラバラの個々の点よりも全体のパターンへ注意を促します。
閉合の原則は、人が単純さと完結性を好むことを反映しています。部分的な形やパターンを見ると、人の心は隙間を補って全体として知覚しようとします。これを活かせば視覚表現を単純化できます。過剰なデザイン要素を加えなくても、相手が自ら「点をつないで」くれるため、グラフやチャートをすっきりと焦点の定まった状態に保てます。
人は物理的に囲まれた要素を同一のグループの部分として知覚します。大げさな仕掛けは要りません。背景に網掛けをする、関連する要素を枠で囲む ── その程度の単純な手法で、データを視覚的に整理し、関係性を際立たせられます。
この原則は、線などの視覚的なつながりで物理的に結ばれた要素を、人が関連するものとして知覚することを示しています。データの可視化では、時系列チャートで点を線で結ぶ、フローチャートで矢印によって関係を示す、といった形になります。こうした接続は明快さをもたらし、相手に気づいてほしい関係性を補強します。
ゲシュタルト原則が、ごちゃついて分かりにくいデータの可視化をどのように明快でインパクトのあるものへ変えるか、具体的に見ていきましょう。以下は Grapher で作成したビフォー/アフターの例で、これらの原則の適用がデータのもつストーリーを効果的に伝えるうえでいかに違いを生むかを示しています。

「ビフォー」のグラフは、Grapher の多彩な機能を見せてはいるものの、データの背景にあるストーリーを伝えるという観点では役割は果たせていません。主な問題点は次のとおりです。
このバージョンは設計意図どおり Grapher の機能を誇示してはいますが、洗練された使いやすい体験は提供していません。所得と住宅価格の乖離という語るべきストーリーが、ごちゃつきと紛らわしいデザイン上の選択によって濁ってしまっています。

次に、ゲシュタルト原則を適用して Grapher で設計し直した「アフター」を見てみましょう。
この洗練されたビジュアライゼーションは、近接・類似・連続性・閉合などのゲシュタルト原則が協働して、ごちゃつきを取り除き、関係者の注意を導く好例です。
その結果できあがったのは、見た目がすっきりしただけでなく、所得と住宅価格の傾向の乖離を効果的に伝え、関係者を引き込み、きちんと情報を届けるグラフです。
このビフォー/アフターの比較は、ゲシュタルト原則の適用がデータの可視化のインパクトをいかに高めるかを示しています。デザインから無駄を削ぎ落とし、明快さに集中することで、データのもつストーリーを際立たせるだけでなく、読み手の心に訴えかけることができるのです。
意味のあるデータの可視化を作るとは、要するに、読み手を引き込む明快なストーリーを届けることに尽きます。明快さ・意図・簡潔さに集中すれば、可視化したものは単なるグラフやチャートを超え、関係者の心に響き、理解を導き、行動を促す説得力のある物語になります。次にデータの可視化を作るときは、ぜひ思い出してください。ごちゃつきをほんの少し除去するだけで、ストーリーを輝かせる大きな効果を発揮するのですから。