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量子技術入門コースへの参加:第三講

SIP第3期量子技術課題「教育プログラムの開発と実践」教育コースプログラム「量子技術入門コース」の第三講に参加してきました。

https://skillup-next.co.jp/sip_3period_01

今回は量子技術の応用先である、量子センシングについて古典センサーとの違いから技術例に至るまで多岐にわたる内容でした。

量子センシングとは

近年注目を集める「量子センシング」は、量子力学的な性質——重ね合わせなど——を利用して、光や原子の状態を高精度な「ものさし」として使う技術分野です。重力波の検出、原子時計、磁力計や加速度計など、応用範囲は多岐にわたります。

こうした量子センシングの技術がどこまで精度を高められるかを考えるとき、避けて通れないのが「標準量子限界」と「ハイゼンベルク限界」という2つの概念です。本ブログでは、この2つの限界がどこから生まれ、何が違うのかを数式を交えながら解説します。

標準量子限界(SQL)

レーザー光は、コヒーレント状態 \(|\alpha\rangle\) と呼ばれる状態で記述されます。コヒーレント状態は、古典的な光(振幅・位相が揃った波)にもっとも近い量子状態ですが、完全に古典的というわけではなく、検出される光子数は毎回同じにはならず、確率的にばらつきます。

コヒーレント状態の光子数測定は、ポアソン分布に従います。光子数の平均値を \(n\) としたとき、測定で実際に \(k\) 個の光子が検出される確率 \(P(k)\) は次の式で表されます。

\[P(k) = \frac{n^k e^{-n}}{k!}\]

このポアソン分布の性質として、標準偏差 \(\sigma\) は次の関係になります。

\[\sigma = \sqrt{n}\]

これはポアソン過程の基本的な性質で、独立した事象(この場合は光子検出)がランダムに起こる統計から導かれます。

この光子数のゆらぎは、光が持つ「波」と「粒子」という二重性の表れでもあります。光子数は光を「粒」として数える描像であるのに対し、位相は光を「波」として捉えたときの振動のタイミングを表す量です。この2つがトレードオフになるのは、粒子的な性質をはっきりさせようとすると波としての性質があいまいになる、という二重性のためです。これは、位置と運動量が同時には確定できないという、量子力学でよく知られた不確定性関係と同じ構造を持っています。

コヒーレント状態を光子数の基底で書き下すと

\[|\alpha\rangle = e^{-|\alpha|^2/2} \sum_n \frac{\alpha^n}{\sqrt{n!}} |n\rangle\]

のように、光子数が0個の状態、1個の状態、2個の状態……が同時に重ね合わさった形をしています。冒頭で触れた量子センシングのキーワードである「重ね合わせ」とは、まさにこのことを指しており、測定するまで光子数が確定しないという量子的な性質が、\(\sigma=\sqrt{n}\) というゆらぎとして現れているのです。

位相や振幅の推定精度は、光子数の相対的なばらつきで決まります。したがって

\[\frac{\sigma}{n} = \frac{\sqrt{n}}{n} = \frac{1}{\sqrt{n}}\]

という相対精度が得られます。コヒーレント光を用いる限り、推定精度はこの \(1/\sqrt{n}\) というスケーリングを下回ることができません。これが標準量子限界(Standard Quantum Limit, SQL)であり、その起源からショット雑音限界(Shot Noise Limit)とも呼ばれます(なお係数は測定方式の定義によって変わるため、以降の式では \(\sim\) を用いて、係数ではなく \(N\) に対するスケーリングの違いに着目します)。

ハイゼンベルク限界

\(N\) 個の光子が互いに独立(もつれていない)場合、各光子1個あたりの測定誤差を \(\delta\phi_1\) とすると、\(N\) 回分の測定を平均することで

\[\Delta\phi \sim \frac{\delta\phi_1}{\sqrt{N}}\]

という中心極限定理由来のスケーリングになります。これは本質的に上記のSQLと同じ \(1/\sqrt{N}\) 型の振る舞いです。

この \(1/\sqrt{N}\) という壁を超えるには、コヒーレント状態のような普通の量子状態ではなく、特殊な量子状態を用意する必要があります。理論的に到達可能な限界は

\[\Delta\phi \sim \frac{1}{N}\]

というスケーリングで、これがハイゼンベルク限界(Heisenberg Limit)と呼ばれるものです。この限界は、位相と光子数の間に成り立つ不確定性関係

\[\Delta\phi \, \Delta N \gtrsim 1\]

に由来する、原理的な精度の上限です。

この限界に到達する具体的な方法の一つが「スクイーズド状態」です。

コヒーレント状態は、位相空間上で見ると振幅方向・位相方向どちらの量子ゆらぎも均等な「円形」の不確かさを持つ状態です。スクイーズド状態は、この円形の不確かさを、不確定性関係を破らない範囲で「楕円形」に変形させた状態です。測定に使う方向(位相)のゆらぎを圧縮する代わりに、測定に使わないもう一方の方向(振幅)のゆらぎを増大させます。

圧縮の度合いをパラメータ \(r\)(スクイーズパラメータ)で表すと、位相の推定精度はおよそ

\[\Delta\phi \sim \frac{e^{-r}}{2\sqrt{N}}\]

のように、コヒーレント光だけを使う場合(SQL)に比べて \(e^{-r}\) 倍だけ改善します。ただし、これだけでは \(N\) に対するスケーリングはSQLと同じ \(1/\sqrt{N}\) のままです(\(e^{-r}\) はあくまで定数倍の改善にとどまります)。

ここで重要なのは、スクイーズド真空状態を作り出すこと自体にも光子(エネルギー)が必要だという点です。圧縮度 \(r\) を大きくするほど、スクイーズド光に含まれる平均光子数 \(N_{sq}=\sinh^2 r\) も急激に増えていきます。そこで、測定に使う全光子数を「コヒーレント光の光子数」と「スクイーズド光の光子数」の合計 \(N\) として捉え、両者の配分を最適化すると

\[\Delta\phi \sim \frac{1}{N}\]

という、ハイゼンベルク限界と同じ \(1/N\) のスケーリングに到達できることが知られています。

まとめ

標準量子限界(SQL)ハイゼンベルク限界
用いる量子状態コヒーレント状態(古典的な光)スクイーズド状態
精度スケーリング\(1/\sqrt{N}\)\(1/N\)
限界の起源光子数のポアソン統計ハイゼンベルクの不確定性関係
改善の余地プローブの量子状態の工夫で超えられる原理的な限界(量子力学そのものの制約)

同じ光子数(エネルギー)を使うのであれば、スクイージングを活用した測定戦略の方が、コヒーレント光だけを使う場合よりも高い精度が得られます。ただし、光子数(エネルギー)が大きくなるほど恩恵は大きくなる一方で、そうした非古典的な量子状態を安定に生成・維持すること自体の技術的難易度も上がる、というトレードオフがあります。

次回も以降も更新予定です!