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量子技術入門コースへの参加:第五講

SIP第3期量子技術課題「教育プログラムの開発と実践」教育コースプログラム「量子技術入門コース」の第五講に参加してきました。

https://skillup-next.co.jp/sip_3period_01

今回は量子技術の応用先である、量子通信について古典通信との違いから実現に向けた課題まで多岐にわたる内容でした。以下では量子通信がなぜ盗聴できないのかについてご紹介します。

「見る」だけで壊れる、という非常識

部屋の電気をつけて本を読んでも、本のページは何も変わりません。私たちの日常では「見る」という行為は無害です。ところが量子の世界では、「見る」と対象そのものが変わってしまいます。しかも「そっと覗く」ことは原理的にできません。この一見わけのわからない性質と、それに続く「コピーもできない」という性質――この2つが組み合わさることで、量子通信は盗聴を不可能にします。

量子ビットを式で書いてみる

古典ビットは 0 か 1 のどちらかの値しか取りません。量子ビットは、その両方を同時に抱えた「重ね合わせ」という状態を持つことができます。

\[|\psi\rangle = \alpha|0\rangle + \beta|1\rangle, \qquad |\alpha|^2 + |\beta|^2 = 1\]

ここで、\(|α|² + |β|² = 1\) は、規格化条件です。さらに、もう一組の状態を用意しておきます。0と1を半々に混ぜた状態です。

\[|+\rangle = \tfrac{1}{\sqrt{2}}(|0\rangle + |1\rangle), \qquad |-\rangle = \tfrac{1}{\sqrt{2}}(|0\rangle – |1\rangle)\]

\(|0\rangle, |1\rangle\) の組を「計算基底」、\(|+\rangle, |-\rangle\) の組を「アダマール基底」と呼びます。同じ光子でも、どちらのものさしで測るかで見え方が変わる――これが、量子通信で情報を守るカギになります。

観測は「読み取り」ではなく「破壊」を意味する

状態 \(|\psi\rangle = \alpha|0\rangle + \beta|1\rangle\) を計算基底で測ると、結果はこうなります。

\[P(0) = |\alpha|^2, \qquad P(1) = |\beta|^2\]

そして、測定した瞬間、状態は出た答え(\(|0\rangle\) か \(|1\rangle\))に確定します。測る前にあった \(\alpha, \beta\) の情報は、もう戻ってきません。これが「壊れる」の数式的な正体です。1回の測定では、複素振幅を読み取ることはできないのです。

観測とは「射影」である

なぜ情報が失われるのか。この操作の正体が射影であることが分かると、幾何的にスッと腑に落ちます。

状態 \(|\psi\rangle\) は、いわば「ベクトル」です。計算基底で測るという行為は、この矢印を \(|0\rangle\) 軸と \(|1\rangle\) 軸に射影することに相当します。この演算は各軸への射影演算子を使って以下のように書けます。

\[P_0 = |0\rangle\langle 0|, \qquad P_1 = |1\rangle\langle 1|\]

\(|\psi\rangle\) に \(P_0\) を作用させると、\(|0\rangle\) 軸方向の成分だけが取り出されます。

\[P_0|\psi\rangle = |0\rangle\langle 0|\psi\rangle = \alpha|0\rangle\]

そして、測定で「0」が出たとき、状態はこの射影の向きにパタンと倒れ、長さ1に規格化し直されて \(|0\rangle\) になります。「1」が出れば同様に \(|1\rangle\) に倒れます。測定とは、斜めの矢印をどれかの軸に強制的に倒す操作なのです。

ある結果が出る確率は、その軸に落とした影の長さの2乗、\(P(0) = |\langle 0|\psi\rangle|^2 = |\alpha|^2\)に対応します。

そして、なぜ情報が消えるのかも一目瞭然です。矢印を軸に倒した瞬間、軸と垂直な成分(もう片方の振幅)は捨てられて二度と戻りません。斜めだった矢印の「傾き具合」= \(\alpha, \beta\) の情報は、射影によって失われるのです。

間違ったものさしで測ると

\(|+\rangle\) という状態を、わざと間違ったものさし(計算基底)で測るとどうなるでしょうか。

\[P(0) = |\langle 0|+\rangle|^2 = \tfrac{1}{2}, \qquad P(1) = |\langle 1|+\rangle|^2 = \tfrac{1}{2}\]

間違った基底で覗くと、答えは完全なコイントス(半々)になり、しかも元の \(|+\rangle\) は壊れて戻りません。

これが量子通信にとっては決定的です。盗聴者は、送り手がどのものさしを使ったかを知りません。当てずっぽうで覗けば、高い確率でものさしを外し、そのたびに光子を壊してしまう。しかも壊した痕跡は、受け手側の測定結果に「誤り」として残ります。そっと盗み見て、何事もなかったように通す、ということが物理的にできないのです。

複製不可能定理

「観測すると壊れるなら、盗聴者はこう考えるはずです。『じゃあ一回コピーして、コピーの方を調べればバレないだろう』」

量子の世界では、それができません。これが複製不可能定理(no-cloning theorem)です。

まず、ある状態と空の状態を受け取って、同じ状態を2つ生成する変換を \(U\) とします。この空の状態を\(|s\rangle\)(standard state:基準状態)とします。量子の操作はすべて線形なユニタリ変換なので、\(U\) も線形です。この「線形」がすべての鍵になります。

さて、計算基底である \(|0\rangle\) と \(|1\rangle\) は、\(U\) でコピーできると仮定します。

$$U(|0\rangle|s\rangle) = |0\rangle|0\rangle, \qquad U(|1\rangle|s\rangle) = |1\rangle|1\rangle$$

ここまでは何の問題もありません。では、この装置に \(|+\rangle = \tfrac{1}{\sqrt{2}}(|0\rangle + |1\rangle)\) を入れたら、どうなるでしょうか。

やり方は2通りあって、答えが食い違います。

① コピー機の定義どおりに考える

\(|+\rangle\) が入ったのだから、素直に2つに複製されて \(|+\rangle|+\rangle\) が出てくるはず。展開すると

$$|+\rangle|+\rangle = \tfrac{1}{2}\big(|00\rangle + |01\rangle + |10\rangle + |11\rangle\big)$$

② 線形性を使って考える

\(|+\rangle\) は \(|0\rangle\) と \(|1\rangle\) の足し算です。\(U\) は線形なので、足し算はバラせます。さっき決めた「\(|0\rangle\) と \(|1\rangle\) はコピーできる」を使うと

$$U(|+\rangle|s\rangle) = \tfrac{1}{\sqrt2}\big(U(|0\rangle|s\rangle) + U(|1\rangle|s\rangle)\big) = \tfrac{1}{\sqrt2}\big(|00\rangle + |11\rangle\big)$$

①と②を見比べてください。

$$\tfrac{1}{2}(|00\rangle + |01\rangle + |10\rangle + |11\rangle) \;\neq\; \tfrac{1}{\sqrt2}(|00\rangle + |11\rangle)$$

まったくの別物です。 \(|01\rangle\) と \(|10\rangle\) という「片方だけコピーされ損なった」項が、②には出てきません。同じ操作から2つの違う答えが出た――これは矛盾です。したがって「あらゆる状態をコピーできる装置」は存在しえません。これが複製不可能定理です。

実際、この装置 \(U\) がきちんとコピーできるのは \(|0\rangle\) と \(|1\rangle\) の2つだけで、両者を混ぜた重ね合わせはひとつも複製できません。一般の \(|\psi\rangle = \alpha|0\rangle + \beta|1\rangle\) を入れると、線形性から出てくるのは

$$U(|\psi\rangle|s\rangle) = \alpha|00\rangle + \beta|11\rangle$$

で、これが本物のコピー \(|\psi\rangle|\psi\rangle\) と一致する条件は \(\alpha\beta = 0\) 、つまり \(\alpha\) か \(\beta\) のどちらかがゼロ――\(|\psi\rangle\) が \(|0\rangle\) か \(|1\rangle\) そのものである場合に限られます。

量子通信では、この \(|+\rangle\) のような「重ね合わせ状態」を混ぜて送ります。なので、盗聴者のもとには \(|0\rangle, |1\rangle, |+\rangle, |-\rangle\) が混ざって飛んできて、それらをまとめてコピーすることが原理的にはできません。

まとめ

量子通信の安全性は、この2つに集約されます。

観測すると壊れる:盗聴者が覗こうとすれば、状態は壊れ、受け手側に誤りとして痕跡が残る。そっと盗み見ることができない。

コピーできない:\(|0\rangle\) と \(|1\rangle\) はコピーできても、その重ね合わせ \(|+\rangle\) はコピーできない。

観測すると壊れる。だからといってコピーして逃げることもできない。この二重の縛りがあるからこそ、盗聴という行為そのものが物理的な痕跡を残します。従来の暗号が「計算が大変」という時間稼ぎだったのに対し、量子通信は「自然界の法則が禁じている」という別次元の安全性を持っているのです。