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量子技術入門コースへの参加:第四講

SIP第3期量子技術課題「教育プログラムの開発と実践」教育コースプログラム「量子技術入門コース」の第四講に参加してきました。

https://skillup-next.co.jp/sip_3period_01

今回は量子技術の応用先である、量子センシングについて磁気センサーに特化した内容でした。セミナーの中で細胞内の温度計測に関する話があり、興味深い内容の論文があったのでご紹介します。

生細胞の中で「量子センサー」が動く ―― 分子量子ナノセンサー(MQN)による細胞内温度計測

Hitoshi Ishiwata, Jiarui Song, Yoko Shigeno, Koki Nishimura, Nobuhiro Yanai,
Molecular Quantum Nanosensors Functioning in Living Cells“, ChemRxiv, 2025.
DOI: [10.26434/chemrxiv-2025-k7db1-v2](https://doi.org/10.26434/chemrxiv-2025-k7db1-v2)

概要

この研究では、ペンタセン分子を結晶にドープ(ホスト-ゲスト)した分子量子ナノセンサー (MQN: Molecular Quantum Nanosensors) を新しく開発し、生きたがん細胞の”核の内部”という極小空間で、温度をnmスケールで計測することに成功しています。

従来の細胞内量子センサー(ダイヤモンドNVセンター、量子ドット、蛍光タンパク質)がかかえていた「材料のばらつき」「毒性」「定量計測の難しさ」を、分子レベルの均一性という有機化学ならではの武器で乗り越えたところが、いちばんの新規性です。

背景:細胞内の温度

細胞小器官(オルガネラ)ごとに温度や生化学状態が異なることが分かってきており、これを直接測ることは細胞の機能を理解する鍵になります。室温で動作し、光で読み出せる「量子センサー」は、極めて高感度(フェムトモル濃度の検出も可能)で、温度・細胞分化・オルガネラの動態などを計測できると期待されています。しかし、既存の量子センサーには共通の弱点がありました。

既存センサー主な課題
ナノダイヤモンド(NVセンター)空孔(欠陥)を「ランダムに」作るため、粒子ごとにエネルギー準位がばらつく → 温度の定量が困難
量子ドットサイズ分散で発光特性がばらつく + 毒性 + 明滅(ブリンキング)
蛍光タンパク質 (GFP)蛍光強度・波長が温度以外(pH・イオン・粘性・発現量)にも左右され、温度の定量基準を持たない

弱点はセンサーごとに異なりますが、 いずれも「1粒子レベルで温度を定量する」信頼性を欠くという点で共通していました。

主な成果

本研究の核心は、分子そのものを量子ビット (qubit) として使うことです。
すべての分子が同じ構造を持つため、粒子ごとのエネルギー準位のばらつきが原理的に小さい ―― これが以下の成果すべてを支えています。

1. 分子レベルの均一性

CW-ODMRスペクトルのピーク位置の粒子間ばらつきが、同サイズのナノダイヤモンドより大幅に小さいことが示されました。欠陥由来の結晶ひずみがないため、エネルギー準位の分布が狭いと考えられます。感度・スピン操作性はNVセンターに匹敵し、緩和時間 (T₁ / T₂) も同等でありながら、ばらつきは最小という優位性を持ちます。

2. 生きた細胞の核内で「温度」を計測

ヒト由来がん細胞 Hepa1-6 の核内へ狙って配置し、ODMRピークのシフトから核内の局所的な温度変化を検出しています。ヒートショックを加えると核内温度が上がり、場所ごとに応答が大きく異なることが分かりました。温度が上がった領域ではDNA濃度(Hoechst蛍光)も高く、熱ショックタンパク質 (HSP) の転写に伴う発熱とよく合っています。さらにペンタセンを完全重水素化した dMQN で超微細相互作用を抑えると、温度を高精度に、再現よく決められるようになり、核内と培地の温度差や核内の温度ムラを世界で初めて可視化しました。

意義とインパクト

「欠陥ではなく分子で量子センサーを作る」という発想の転換で、量子センシングに化学の強み(均一性・化学的チューニング性・生体適合性)を持ち込みました。ナノダイヤに匹敵する感度を保ちながら個体差を大きく減らし、これまで難しかった単一粒子レベルでの温度の定量を可能にしています。オルガネラを選んでの温度マッピングは、熱産生・タンパク質恒常性 (HSP) といった細胞内プロセスの理解に直結します。温度計測にとどまらず、構造決定・マルチスピン結合・量子もつれセンシングなど、生医学への応用の広がりも期待されます。

まとめ

本研究は、有機分子を量子ビットに用いた生体適合ナノセンサー (MQN/dMQN) を確立し、生きたがん細胞の核内という究極の微小環境で、温度のnmスケール計測を実証しました。「量子 × 化学 × 生命科学」を橋渡しする、次世代の細胞内センシング基盤として注目されます。