新規購入お見積

MIT の研究者、数値流体力学 (CFD) の可視化により安全で革新的なステントを開発

2010/06

先駆的なシミュレーション方法は、デバイス開発と評価を促進し、ゆくゆくは個人向けデバイスへの可能性を拓きます。

“デルタ・ウィング (delta-wing)” 型のセルが繰り返されたデザインのステントの完全な3次元展開されたモデル。イメージは、Elazer Edelman 博士、Vijaya Kolachalama 博士および Evan Levine 氏が Tecplot 360 により作成。

多くのアメリカ人にとって、ビル・クリントン元米大統領の最近の心臓手術は、現代医療の奇跡を知る機会となりました。クリントン元米大統領が 4本のバイパス手術を受けた 6年後、 その 4つのうちのひとつが完全に塞がってしまいました。その解決方法はシンプルで、胸の痛みのため New York 病院に入院した後、クリントン元米大統領は 1時間の手術を受け、彼の動脈が塞がらないように支える 2つの新しいステントと共に退院して行きました。

かつては奇跡と考えられていたステントの挿入は、クリントン元米大統領の例にもあるように、今日ではリスクの低い治療法と考えられています。アメリカ合衆国だけでも、毎年 100 万人以上の心臓病患者がステント埋め込み手術を受けています。ステントは命を救っていますが、血栓や心臓発作などの副作用が依然としてよく見られます。しかし、この分野の研究は、人体の動脈系の複雑さのため、解決が困難です。単純に、考慮すべき変数とデータが多すぎるのです。

ステント研究のパイオニア、Elazer R. Edelman 博士 (Massachusetts Institute of Technology (MIT) の Health Sciences and Technology 教授、兼 Harvard Medical SchoolのMedicine 教授) は、Vijaya B. Kolachalama 博士 (MIT のEdelman Laboratory の Postdoctoral Associate) と共に、ステントの改良を目指して研究を行っています。さらに、数値流体力学 (computational fluid dynamics: CFD) や机上実験、動物モデリング、ビジュアリゼーション(可視化)などを使用することにより、心臓病治療の分野に革命を起こそうとしています。

具体的に言うと、Edelman 博士と Kolachalama 博士は、ステントとそこから溶出する薬剤が、どのように動脈を治療しているのか、また、どのように血栓の原因になっているのか、を数値流体力学 (CFD) モデリングとビジュアリゼーション(可視化)を使って研究しています。彼らは、この技術を、ステントが埋め込まれた特定の動脈に血栓のリスクがあるのかどうかを予測するために使いたいとも考えています。「もし我々がこの問題を正確に予測することができれば、患者への投薬や追加の処置について、臨床医の方々がより慎重になる必要があるかどうかを決定するための検討材料を提供することができます。」と Edelman 博士は言います。

この研究結果は、医療機器メーカーがより安全で効果的なステントを開発することを助け、規制認可プロセスに役立ちました。彼らの研究は、最終的には、各患者に合わせたステントをデザインすることの実現につながります。

最新のステントテクノロジー

研究者達の仕事を理解するために、医師がどのように心臓病患者達を治療しているのかを考えてみましょう。塞がってしまった動脈を再び開く場合、医師はカテーテルを患者の動脈に挿入し、先端についているバルーンを膨らませて動脈硬化性プラークを動脈壁に押しつけます。血管形成術と呼ばれる方法です。つい最近まで、この処置の後に「ステント」と呼ばれる小さな金属メッシュのチューブを挿入することで、プラークが動脈内に戻ってしまうのを防いでいました。ステントはこの反動を防ぐことはできますが、治癒反応の一部として組織がステント上に付着してしまうという問題があります。20 ~ 50% のケースで、ステント上の組織増殖により動脈内の流れが不十分になり、他の治療が必要になります。

再狭窄を防ぐために、科学者達はステントを薬剤でコーティングし、多くの場合は薄いポリマーの膜で覆って徐々に放出されるようにする方法を取り始めました。これは「薬剤溶出型ステント」と呼ばれ、再手術の必要性を 10% 以下に減らしました。しかし、薬剤溶出型ステントは組織やプラークによる閉塞を防ぐものの、ごく一部の患者において、血栓や心臓発作といった致命的な副作用が起こるという、新たな問題を生み出しました。

この問題の原因は、金属メッシュのステントを、薬物を溶出する動脈内に設置しなければならないということです。ステントは、動脈壁に押しつけるように設置されますが、それでも動脈内腔に突き出ています。ステントのメッシュ状の構造は、石が水流の中に白く泡立つ部分を作ってしまうのと同じように、流れの乱れの原因となります。薬剤が、高濃度のメッシュの柱から溶出し、一旦放出されると、高流量や低流量のエリアにさらされます。つまり、動脈壁における薬剤の沈着や分布は一様ではなく、古典的な流動方程式に支配されており、その予測はますます直観的でなく、ほとんど不可能となります。ステントが動脈の分岐点や蛇行性の血管に挿入された場合は、この問題の理解がさらにややこしくなっていきます。現在では、薬剤が極めて高濃度のエリアやその反対にほとんど薬剤がないエリアなどが存在するという、薬剤分布の不均一なパターンが、血栓の局在化の一因となると考えられています。

CFD(数値流体力学)モデリングおよびビジュアリゼーション(可視化)を通して複雑な結果をシミュレーションする

上図は、分岐した動脈内における薬剤濃度のサーフェイス等高線マップです。赤色の部分を薬剤濃度の高い所、青色の部分を薬剤濃度の低い所として、薬剤がステント表面から溶出している様子を表しています。MIT の研究者達は、薬剤分布の複雑なパターンは、分岐点で支流と本流に分かれた血液の流れなどを含めた、多くの要因が関係していると予測していました。図中の拡大図は、(右側) 主枝の側壁 (左側) 分岐で流れが分かれた付近の薬剤分布パターンを表しています。この Tecplot 360 イメージは、Elazer Edelman博士、Vijaya Kolachalama博士、および Evan Levine氏によって作成されました。

薬剤の流出量によって、血栓の可能性が高くなる事を観察した Edelman 博士と Kolachalama 博士は、複雑な動脈血管内に設置されたステントから、薬剤送達のパターンを特定および予測する効果的な方法の必要性を感じました。

臨床試験や動物実験により、ステントおよび薬剤に対する生物学的反応についての重要なデータは得られました。しかし、これらの研究だけでは、薬剤分布のばらつきの問題を分析することは不可能でした。最新のイメージングテクノロジーは薬剤パターンの全体図を提供することはできず、また、患者の多様性により、膨大な数の変数を追跡することが不可能となっていました。動脈の形状や持病などの条件がほとんど変わらないとしても、薬剤溶出の量や、動脈の異なる部分における薬剤吸収の違い、ステントの埋め込み方法などが薬剤の取り込みに大きな影響を与える可能性があります。

Edelman 博士と Kolachalama 博士は、臨床経験と動物モデル、さらに机上の研究から得たものを使って、生理学的に適切な流体力学モデルを作成しました。動物および臨床データは CFD モデルの正しい入力条件として用いられ、これらのツールの機能は、複数の変数について正確に同じ方法で繰り返しテストすることによって、十分活用されました。

彼らの考えでは、流体の流れを伴う問題を解析するために複雑なアルゴリズムを使う流体力学の分岐は、CFD モデリングの究極の使用法です。研究のゴールは、生理学的に適切な条件、かつ、複数の複雑な事象下において動脈内で何が起こっているのかをシミュレーションすることです。「ここでは、CFD モデリングと可視化は、まさに理想的です。」と Edelman 博士は語ります。「CFD は、医学分野の重要な疑問を解決するために、生理学的なデータと複雑で直観的でない条件を統合する最高のツールであると、我々は人々に説明しています。」

まず彼らは、いくつかの情報源から様々な形式の膨大な生体測定データを集めて数学的モデルを作成し、複数の変数やパラメータに関して検討しました。シミュレーションにより、数値形式の結果を得られますが、この結果を人間が理解することは難しい、または、不可能です。ここが、ビジュアリゼーションの腕の見せ所です。Edelman 博士と Kolachalama 博士は、CFD(数値流体力学)可視化ソフトウェアである Tecplot 360 を用いて、動脈と薬剤が異なる条件下でどのように振る舞うかを視覚的に示すことに成功しました。それはまるで X 線や内視鏡の観察結果を見るようです。

結果のイメージは、ステントから沈着する薬物は、ステントの設置位置、動脈の分岐による流れの変化、ステント自身によって生じる流れの変化などからどのような影響を受けるのか、について、彼らにひらめきを与えました。

「様々な設定で動脈の薬剤分布パターンを観察することによって、ステントから溶出した薬剤が血管のすべての領域に均一に拡散することはなく、この不均一性は、血管の中の血液の流れに加え、動脈の中のステントの設置位置に依存することが分かってきました。」と Edelman 博士は述べます。「直感的にこの現象を血管の分岐点などのより複雑なケースで評価することはできませんが、現在、私たちにはかなり重要な気付きを与えてくれるコンピュータモデルがあります。」

ステント移植の有効性と安全性を向上する

Edelman 博士と Kolachalama 博士によると、以上の成果は始まりにすぎません。長期的にみると、CFD モデリングとビジュアリゼーションはステント移植の有効性と安全性を向上させるだろう、と彼らは考えています。「我々は科学者として、これまでは不可能だった方法で、ステントの動脈内設置について研究することができるようになりました。」と Edelman 博士は言います。「これにより、合併症が少ない設計の新しいデバイスの開発という、エンジニア達にとって素晴らしい予想がもたらされます。」

さらに、Edelman 博士と Kolachalama 博士は、ステント技術について提案された変更が新たな臨床試験を行うほど重要なものであるのかどうかを規制機関が決定するために必要な情報を提供することにより、CFD モデリングと可視化が規制プロセスを効率化することは間違いないだろうと考えています。「現在、これらの規制機関はあまり上手くない状況にあります。」と Edelman 博士は言います。「もし彼らが問題のある新技術を通してしまったら、患者の事よりも技術のことばかりを見ていると批判されます。しかし、彼らが壁を高くしすぎると、重要な技術も終わりのない規制のための精査プロセスにはまってしまい、臨床の場に出てこられなくなってしまいます。今度は、患者が必要としている技術を提供していない、と批判されるのです。」

Edelman 博士と Kolachalama 博士は、最終的に、医師が患者のためにその時点でより良い決断をすることを CFD モデリングと可視化が補助するようになるだろうと予想しています。それぞれの患者にはそれぞれ異なる動脈の流れがあり、多種多様なステントのタイプ・ブランドがあり、命を救うための重要な決断を下すまでにはわずかな時間しかないなか、医師は山のようなデータを調べて、確率論ではなく事実に基づいて、患者個人に最適なステントを選択することが可能になります。

「直感の時代は終わりました。」と Edelman 博士は言います。「この分野のパイオニア達は何をどのように見るべきかという直観力を持っていました。しかし現在では、個人の過去の経験や直感に頼ってはいられないほど多くの要因が存在しています。」

クリントン元大統領の場合、医師団は元大統領の動脈形状の観察結果と他のステントブランドの知識を元に、新しい薬剤溶出型ステントを選択しました。クリントン元大統領の予後が良好だったように、将来的には、合併症のないステント治療が主流となるかもしれません。

Tecplot による数値流体力学 (CFD) ビジュアリゼーション(可視化)の有効性

数値流体力学 (CFD) のモデリングと可視化は、いつか医師がコンピュータを使ってすべての選択肢を集め、患者の医療データと共にバーチャル動脈に入力し、まるで GPS システムが最適な運転ルートを検索するように、すべての変数をより分けてどのステントが患者に最適か決定することを可能にするだろうと、Edelman 博士と Kolachalama 博士は確信しています。

「『ステント留置を最適化せよ』と医師が直接コンピュータに命ずるだけで、個々の患者に合った最適化法をコンピュータで選びだせる日が来るでしょう。」と Kolachalama 博士は言います。「CFD モデリングとビジュアリゼーションのおかげで、それは正確で効果的なものとなり、患者にとっても一層良い結果をもたらすことでしょう。」