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原子間力顕微鏡 (AFM) は,試料表面と先端が非常に鋭い探針の間に働く原子間力などの力や表面-探針間距離を検出する装置です。力の検出には探針をその先端部に取り付けたカンチレバー と呼ばれる片持ち梁を利用します。当初は試料表面の凹凸をナノメートルの分解能で可視化するために開発され,その用法が今でも主流ですが,我々が注力しているのがフォースディスタンスカーブ測定 (以下,フォースカーブ) という異なる測定モードです。このモードではカンチレバーを垂直に動かして試料表面に接触させ,カンチレバーの反りから相互作用の力を検出させます。
このモードから最終的に得られる試料変形量と荷重の関係に対し,カンチレバー先端形状や表面相互作用を考慮した適切な弾性力学モデルを用いてカーブフィッティングを行うことで,試料表面の弾性率や表面エネルギーを得ることができます。個々のフォースカーブからは,その接触面近傍,典型的には数nmから数十nmの径の範囲の力学情報が得られるので,試料表面をメッシュに分割してその各点で同測定を行い,得られた物性情報をマッピングすることで,ナノメートルスケールでの力学物性の分布を直接に可視化することができます。
この手法を用いて高分子材料(ゴム,プラスチック,ゲル)や異種材料との複合材料などの力学物性マッピングによる材料評価を行っています。混ぜ方,あるいは相容化剤の工夫などで優れた物性を示した複合材料のナノスケールでの力学物性分布を本手法で見ることで,異種成分の界面に中間的な力学物性をもつ領域が現れることが本手法から明らかになっています。
我々の手法には多くの企業の皆様からもご注目をいただき、多数の共同研究や国家レベルのプロジェクトなどにも参画しているところです。またISOの標準化の現場でも、我々の手法をベースにした弾性率算出法についての文書が策定されつつあります。
フォースカーブ測定においてAFMは,カンチレバーの位置とその時点でのカンチレバーの反りを等時間間隔で記録します。マッピング測定では,これをXY平面上で繰り返します。それぞれのカーブに対して,荷重-変形量への変換とカーブフィッティングを行うことで,得られた物性値をマッピングして画像化します。
我々がよく行う条件だと,1回のフォースカーブの押し込み過程で1024点,それを128×128点のマッピング測定で行うので,1000万超の点数のデータが1回のマッピング測定で生じます。これを個々のカーブ毎に解析することで,高さ像,弾性率像,凝着エネルギー像,など複数の128×128ピクセルの画像が得られます。
AFM制御用のコンピュータを用いてフォースマッピング測定を行ったのちに,得られた実験データのファイルをIgor Proの解析用プロシージャを用いて読み込ませて,そのまま上述の解析を行っています。
研究を始めた頃は,装置の付属ソフトウェアからテキストファイルに書き出して,それをIgor Proに読み込ませていましたが,変換の手間がかかるのとASCIIファイルサイズが膨大になることから,バイナリファイルを直接読み込むプロシージャを書き上げました。
バイナリファイルの読み込み,データの数式による変換,カーブフィッティングなどを用いた解析と,マッピング結果の表示まで,装置制御を除く実験のほぼ全行程を行っています。
フォースカーブ,マッピング測定以外にも,様々な測定データの表示,解析用途でIgor Proを使用しています。
解析マクロの開発者である藤波想が修士課程の折,その当時、西敏夫研究室の助手であった中嶋に勧められて使い始めました。
最初はグラフ表示とカーブフィッティングを主に使っていましたが,フォースマッピングの大量のデータを扱うためのバッチ処理のために付属のマニュアルのプログラミングの部分を読んで勉強しました。
大量のデータを柔軟かつ効率的にさばけることが挙げられます。また,グラフ表示ソフトとしても優れており,PDF/EPSなどのベクター画像で書き出せるので,画質を損なわずに他のソフトへ書き出せます。
その上でC言語ライクな言語で自由度の高いプログラミングができます。データの入出力や処理部分に注力して,グラフ表示周りはIgor Pro本来の機能に任せられるので,開発効率に優れます。
開発中のコードの計算の途中結果や最終結果を視覚的に表示するのも容易なので,バグ出しもしやすいです。Igor 6以降から追加されたMultithreadキーワードなどのマルチスレッド関連機能が使いやすく,特別に高度なプログラミングの知識がなくても,簡単にマルチコアCPUの恩恵を得られます。
一方でプログラミング環境として気になる点もあります。歴史が長く徐々に機能が追加されてきたためでしょうか,関数の名前や,操作関数のオプションの記号などに統一性に欠けるきらいがあリます。グラフ表示機能等は習熟して,次はプログラムをしてみようかという,ステップアップしたいユーザの障壁の一つになっているように感じます。
Igor Proは,ウインドウの中に複数のトレースやイメージがある,トレースやイメージはウェーブとリンクしている,などオブジェクト指向と相性が良いように思えます。オブジェクト指向言語のエッセンスを入れたシンプルな記述ができないものかとも思います (従来のコードの互換性を切るような刷新だと,過去のコード資産が多いので個人的には非常に困りますが)。
装置から吐き出されたデータをそのまま使うのではなく,なんらかの編集,解析を行いたいと思う研究者であれば,全般に推奨できます。
ユーザが行なった操作は,等価なコマンドが表示されるので,単調な作業を簡単にマクロとして省力化できるようになるまではほとんど勉強のコストがかかりません。一方で,きちんと勉強すれば,他の高度な解析へとステップアップすることができます。
本事例作成に関し、中嶋先生 及び 藤波様 のご協力に感謝いたします。
(インタビュー:2018 年9 月)
※所属・役職はインタビュー時のものです。